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企業と研究者が語る
バイオマスプラスチックの未来
長年取り組んできた、バイオマスレジンホールディングスならではのお米由来の生分解性プラスチック。
今回はその開発エピソードを、開発パートナーである京都大学大学院農学研究科の吉岡まり子准教授をゲストにお迎えし、バイオマスレジンホールディングス代表 神谷雄仁、バイオマスレジンホールディングス CTO 坂口和久と苦労話や今後の夢を交えて、語り合っていただきました。
(中央)吉岡まり子
京都大学大学院准教授。博士(農学)。1978年、京都大学農学部林産工学科入学、1982年、同学科卒業。1982年より京都市立伏見中学校教諭。1986年より京都市青少年科学センター指導課所員、1989年より京都大学農学部助手、農学研究科助手に配置換え、同講師を経て、2019年より現職。研究は、植物バイオマスのプラスチック化、液化と種々のネットワークポリマーへの応用、および、有機・無機ポリマー系ナノコンポジットの調製と特性化。
(左)神谷雄仁
バイオマスレジンホールディングスCEO。商業施設開発のコンサルタント、食品商社で化粧品・健康食品原料の開発などを経てバイオマス関連事業に参加し、2005年、前身となるバイオマステクノロジー社創業。2017年11月、バイオマスレジン南魚沼を設立。2020年3月、バイオマスレジンホールディングスを設立し、代表取締役CEOとして現在に至る。
(右)坂口和久
バイオマスレジンホールディングスCTO。株式会社バイオマスレジンエンジニアリング代表取締役社長。2003年、カリフォルニア大学デービス校環境資源科学学部卒業。同年、バイオマス関連事業の研究所にて主任研究員として勤務後、同社取締役・製造統括・主任研究員を兼務。2018年よりバイオマスレジングループに参画。2020年、バイオマスレジンエンジニアリングの代表取締役社長に就任し、現在に至る。
白石先生がつないでくれた縁
−吉岡先生と坂口さんは20年来のお知り合いだそうですね。
(吉岡)坂口さんとはもう20年近くになりますね。
(神谷)坂口が留学から帰って、研究所に入った頃じゃないかな。
(吉岡)白石(信夫)先生は、私の今の所属の研究室の先先代の教授で、今は名誉教授として、現役でも頑張っておられるのですが、先生が定年退官されて、新潟でバイオマス関連企業の研究所長に就かれたんです。私は京都大学にいたのですが、先生とは共同研究的なことを続けさせてもらっていまして。そのときに先生が、「僕のテーマに坂口という人がついてくれたよ。その人はアメリカの大学を出たんですよ」とおっしゃって。坂口さんの存在を知ったのは、それが始まりでした。「すごい覚えがいい人だ」とか、白石先生が褒めておられました。そのときからポジティブで、アクティブで。そんな人でしたね。
(坂口)いえいえ、そんな……
(神谷)今も変わらないですよね。真面目 だし。大学の専攻 も環境学なんですよね。めずらしいよね。昔聞いたことがあるけど、子どもの頃に海のそばで育ったこともあって、環境のことで貢献したいという志があったんじゃないですかね。
−なぜ、再会されることになったのですか?
(神谷)先生方は、研究室でよりよい研究をされて、新しい技術を生んでいるわけですが、我々は製造業なので、決めたルールをしっかりと守って、変えずにやり続けるということが大事だと思っていて。でも、次のステップアップの為にも、先生に相談して課題を解決していきたいので、坂口に白石先生を通じて吉岡先生にコンタクト取れないか、と話したのが、一昨年の夏頃の話ですよね。
生分解性の実用化のために
−具体的な内容はどういうものですか?
(坂口)「生分解性プラスチックの開発をやりたい」ということです。私たちは、シーズは持っているんですけど、それに対する技術革新とか技術的研究要素のアドバイスをいただかないといけないので、そのお手伝いを依頼しました。
−依頼した当時の生分解性の完成度はどのくらいだったのですか?
(坂口)生分解性に興味を持っていましたが、まだとりかかれていなかった。私も吉岡先生とお付き合いして長く、白石先生も生分解性プラスチックの日本の第一人者の方なので、テーマや内容、問題点というのは、ずっとわかってはいたんですけど。
−すごいですね。昨夏はとりかかれていなかったのに、もうプレスリリースできるまでになるとはすごいスピードだと思います。それだけ早くできる理由 、ポイントはあるのですか?
(坂口)10年前、15年前と比べて内容が変わっているかというと、テーマとしては変わっていないんですよ。ただ、世の中の流れというか、素材メーカーや加工メーカーが私たちのやっていることに対して近づいているというのは間違いなくあると思います。
−では、10、15年前からできていたことをあらためて今やっているということですか?
(坂口)再検証ですね。15年前のタイミングでは、素材メーカーも加工メーカーもそれをかたちにすることは難しかった。
−素材メーカー、加工メーカーの技術も革新されているから、ということですか?
(坂口)この15年間、我々が 培ってきたノウハウや改善ももちろん盛り込まれているので。それがあるからスムーズにいったというのはあると思います。
お米だからできること
— 吉岡先生、そのあたりはいかがですか?
(吉岡)まさにおっしゃる通りなんです。白石先生が、ほんとうに先を読んでくださって、一緒 に研究している私たちに、いい線路を敷いてくださいました。1990年代の中頃から、私た ちは本格的にバイオマスから生分解性プラスチックをつくり始めたのですが、社会はそれなりの興味を持っていましたけど、そこまで大きく広がらなかったですね。それが今に至って、時代がほんとうにこちらを向いてくれていると。バイオマスの利用、それから生分解性を与えるということが、ほんとうに求められる時代になったんです。これまでに研究してきた結果をできる限り、社会に還元させていただければ、この上ないことだと思っています。坂口さんたちも、長いこと培ってこられた技術があるので、それに生分解性を付与するというのは、わりと早くできるかもしれないですね。お米というのは、でんぷんがほとんどの割合を占めています。私たちも植物バイオマスから生分解性プラスチックをつくるということをやってきていますけれども、でんぷんを 添加すると、生分解は早く起こるということもわかってきているんですね。ですから、今回、坂口さんたちが開発しておられる材料も、生分解性という意味では、 非常にポジティブな結果を出すんじゃないかと思っています。
— お米が生分解のスピードに影響してくるというところは、今回の一番の特徴になってくるのでしょうか?
(吉岡)はい。そう思います。
−世界でも他にないような?
(吉岡)はい。とにかく、お米を使うというのが過去にないので。
(神谷)でんぷんについては、今中国のメーカーさんなんかはね、だいぶ席巻し始めているけど……
(坂口)そういうのはありますけど、お米を入れるというのはなかなかないんじゃないですかね。
— 日本ならでは、ということですね。ちなみに、お米以外でもでんぷんであれば、可能なのでしょうか?
(吉岡)そうですね。私たちの研究で、でんぷんを使った場合に、そういうデータがあります。他のもので試してみる余地はあるかもしれません。また、でんぷん以外でも、でんぷんと似たような働きをしてくれるものはあるかもしれませんけど、今のところは、でんぷんとしか言えません。
— まだこれから、ということですね。
(吉岡)はい。そうです。
(神谷)有機物ということで言うと、可能性としてはまだありますよね。
社会から求められる時代に
— 大変だったことや苦労話を聞かせてください。白石先生の時代からの世間とのギャップや、この1年間のことなど。
(吉岡)生分解性関連の研究に関する限りでは、私自身は幸いにも、今思い返しても、ないんです。ほんとうに、研究室、学生さんたちと一丸となって、データを出させていただくことができたと。それが今、私のなかに蓄積されていて、こうだからこうなんだな、とわかることが多いです。白石先生から最近お聞きしたことですが、白石先生の時代は石油化学の全盛期であり、バイオマスからプラスチック材料をつくるということは本気で取り上げようとされなかったそうです。でも今回、「時代が求めている、だから頑張ればいいよ」と応援して下さっています。木材のプラスチック化とその延長線上で生まれた液化は白石先生が始められた研究だったんですね。木がいろんな形に成形加工できるっていうのは、当時としてはほんとうに画期的なことで、ぜんぜん使えなくなった細かい木粉とか、もう燃やすしかないものがプラスチック材料になる、私もそれで卒論を書いたんですけど、当時はあまり意識されなかった。今では、生分解性や海洋分解性も切実に求められていますので、検討の余地は大きいと思いますけど、少なくとも、土中埋設、土のなかに埋めるというのは、私は自信がありますね。
(神谷)実際に研究の成果を世に出していって、社会で評価していただけるというのは我々自身の喜びでもあるし、そういうことを生み出してきた先生方の努力の結果で、それはほんとうに早くやりたいなと思います。
(吉岡)ありがたいと思います。そういったことが以前はなかなかなかったわけですから。神谷さんはほんとうにそれを本気でやってこられて、すばらしいことだと。自分の研究分野をこんなふうにとらえて、進めてくださっている会社がおられるというのは、ほんとうにありがたいと思っております。
— この技術で、 世の中がこうなってほしいとか、こういう風に使ってほしいとか、具体的な夢はありますか?
(吉岡)お米の利用だけにとどまらず、木材などの植物バイオマスをも含めて、単に生分解性プラスチックとしてだけではなく、といっても生分解性を思うように制御するということはそんなに簡単ではありませんが、それに加えて、長期にわたり安定的に使用可能な材料としても社会に供給できるようになればいいですね。最終的には、石油由来プラスチックの代用にとどまらず、バイオマスだから発現する特徴的な機能をアピールできるような材料を作り出すのが夢です。一方で、良く知られているように、つくった材料を社会に出すにあたり、原料を調達するところから捨てるところまで、どれだけコストがかかるかとか、どれだけCO2を出すかとか、経済性評価、環境性評価を行う必要があります。私が申し上げるまでもないことですが、それらを数値として提示することで、より説得力のある商品になりますよね。ですから、つくる喜びプラス、そういったことを計算して出せる喜びといいますか、それはまたプロの方がおられると思いますので、そういったそれぞれの専門領域の方々とのタイアップが欠かせないと思いますね。だから、神谷さんの会社を見せていただいて、多くの方、いろんな専門の方がおられて、私は感動するばかりですね。
(神谷)私が何もできないので、できる人間に入ってもらってね(笑)。しっかりやらないといけませんし。僕らはつくる責任がまず大事ですけど、一方で使う責任もありますしね。今すごく気にしているのは、正しい知識をしっかりと伝えていかないといけないんじゃないかなあ、ということ。まだまだ誤解されている部分もありますし、やっぱり知ってもらうためにいろいろと努力してやっていかないといけないかなあ、というのはありますよね。
正しい情報を伝える大切さ
— たしかに、バイオマスプラスチック一つをとっても、まったく知らない人にとっては、「これは土に戻るんだよね」とか、生分解性とイコールになっている人が非常に多いですよね。
(神谷)それは我々の頑張り次第だと思うんですけどね。6月をめどに、ベトナム工場で生産開始を発表しましたし、今年アジアで販売を始めます。
(吉岡)そうなんですね。でもなぜですか?
(神谷)生分解性材料が普通に市場に出ているアジアで、我々もまず勝負しとかないと。中国のでんぷんの生分解性の生産量がどんどん増えていって、市場がそちらに変わっていきますから。それに対して今から手を打たないと。一方で、日本はすごく厳格で、我々が20年経ってもいまだにバイオマスプラスチックが普及しない理由の一つに、さまざまな規制の壁があるわけじゃないですか。だからまずは、アジアのフィールドで我々の材料をアピールしていく。そしてその結果をもとに、日本で堂々と販売できるよう、2025年に向けてやろうと思っています。
(坂口)20年前は、「バイオマスってなんですか?」っていう質問がありましたから。それを 考えると、バイオマスっていう言葉 はかなりあたりまえになった感じはしますよね。昔はよく聞かれましたよ。「お魚の種類ですか?」って(笑)。
(神谷)よく言われましたね。マスがつくからね。「バイオの、科学的な、何か遺伝子を変えたマスのことですよね?」とか(笑)。 ほんとうにそういう時代があったんだから、急には変わらないですよ。
暮らしのなかに浸透させていく
— 一般的に知られるようになったのは、この4、5年ですよね。
(神谷)そうですね。この数年じゃないかな。去年の夏、吉岡先生に最初のご挨拶をさせていただいたとき、先生から「神谷さんたちがやっていることは、ぜったいにいいことだから、頑張るべきだ」と言っていただいて。吉岡先生がここまで言ってくれるなんて、大丈夫だな、いけるなって。そこからグングングングンスピードを上げていますよね。実際、環境省の人たちも複合材料のいいところを見てくれて、今回のロードマップではバイオマスプラスチックとして明文化してくれていますから。
(坂口)可燃処理にふさわしい材料と明確ですからね。
(神谷)今年の後半くらいにはおそらく、レジ袋同様、バイオマスのゴミ袋が義務化されると思うんです。そのときに、我々がしっかりと供給できる会社でなければいけない。さらに言ったら、今はバイオマス率をもっと高めなきゃいけないというのは一つの目標ではありますけど、その後には生分解性というのが見えていますので、そこに向けてしっかりとやらないといけない。2年後、3年後を考えるのは我々の仕事でもありますから。そのための準備をしっかりしないといけないなあ、と思いますよね。
— 6月にリリースされる予定の生分解性、これが完成形なのか、それとももっと良くなるのか、そのあたりもお聞かせください。
(神谷)圧倒的に良くなりますよね。現状はまだプロトタイプですよね。材料ももちろんそうですけど、それに合うところの高機能性が大事になります。分解のスピードもそうだし、 逆に分解しにくいけど、海洋などに流れたときにある程度の時間が経てば分解する海洋分解 性などのカテゴリーまで考えると、使えるものの幅が一気に広がるのでは、と思います。たとえば、釣り糸みたいに切れてはいけないもの、ゴミ袋みたいに海洋に流れた場合に短時間 で分解 してほしいもの、マスクのようなものなど、それぞれにまた違う問題が出てくると思うんですけど、成形加工方法に合わせて、素材 がグレードアップできれば、非常に大きな強みになると思います。
— やっぱりキーになるのはでんぷん、米でんぷんということでしょうか。
(坂口)お米を入れることで、機能性を持たせることができれば面白いと思います。
— お話を聞いていると、生分解性の技術とお米っていうのは切っても切れない関係のような気がしてならないんですけど、そういう理解でよろしいのでしょうか?
(神谷)まあ、お米のことばっかりやっているからね(笑)。
(吉岡)バイオマスレジン社は、お米が売りといいますか、今福島県の方でも休耕田等を活用して、資源米をつくっておられますし、ぜひそれは伸ばしていかれたらいいと思うんですね。それで、今後の視野については、それはもう間違いないと思います。生分解性の制御というのは、やっぱり一番難しいんですね。今がプロトタイプというのはその通りで、これから生分解 性試験をされるので、どうしたらもっと長く持つだろうか、もっと短い期間になるだろうか、とか特徴をつかまれると思います。あとは安全性ですね。大学でも別の分野の専門の先生にも手伝ってもらって、土中埋設について調べたのですけど、毒にならないか、人がそのあたりの土をいじったりとか、そこで育った植物を食べても大丈夫かとか、そういった安全性も気にしながら進めていく必要があります。だから、生分解性試験の結果をフィードバックして、つくりあげていくようになるんじゃないでしょうかね。
— まだまだほんとうにやれることはたくさんあるし、まだまだ未来は大きいということですね。
(坂口)未来も大きいし、マーケットも大きいと思います。
(神谷)やらなきゃいけないこともたくさんあるし。
企業と研究者のコラボレーションが切り開く未来
— 研究、教育機関である大学と、企業とのマッチングでここまでいい関係をつくれるとい うのは、いいですよね。こういうのがもっと増えてくるといいのに。
(吉岡)そう思います。
— 理想的なかたちですよね。先生はずっとこういうかたちを望んでいらっしゃったんですよね。
(吉岡)そうです。おかげさまで。
(神谷)いえいえ、こちらがまだまだ役不足なところがあります。ただ、我々は樹脂をつくる会社ではありますけど、実際のエンドユーザーというか、市場の人たちがどんなものが必要なのかという声を真 摯に聞いて、その要求にどうやって応えようかという、技術の引き出しが多いんですよね。そこに、こういった学問的な裏付けを取ることや、坂口が生産技術 で工夫することが大切だと思います。従来の原料メーカーは、我々がつくった原料をどんどん使ってください、という一方的な話ですけど、僕らは逆に、「世の中に求められているものをどうやって提供するんだ」というスタンスだから、そこのアプローチが違うんですよね。だから無駄なことをいっぱいやっているし、慈善事業じゃないかなと思うことも多いけど、でも、誰かが やらないと解決しないというか、新しく世に出ていかないから。そこはやっぱり、できる限りやっていきたいな、と思います。
— 未来が同じっていうのが一緒にやれる原因なのかもしれないですね。
(坂口)そうですね。生産ベースは生産ベース、研究ベースは研究ベース、とバラバラなんですけど、共有しているものや目的はかなり近いんじゃないかなと。それが一番大きい。おたがいに違う方向 を見ていると、研究のバランスが違うとか、やり方を変えようとか出てきますけど、方向性やベクトルは非常に合っていますので、効率よく仕事ができるんじゃないかと思っています。
— じゃあ、まだまだ長いお付き合いになりそうですね。
(神谷)そう思いますね。京都に早く研究所をつくらなきゃ。
(吉岡)神谷さんのスピード感はすばらしいと思います、ほんとうに。
— やっぱり頼もしいですか?研究者から見て、こういう企業家の人は?
(吉岡)はい。頼もしいですし、ほんとうに世界の情勢をよく見極められて、どんどん進めておられるというのは、会社経営者としてすばらしいな、って。経営についてはまったく素人ですけど、そう思いますね。
(神谷)そんなに褒めてくれる人いませんけどね(笑)。
— 吉岡先生、最後に何か伝えたいことがあれば、ぜひお願いします。
(吉岡)自分が行ってきた研究を社会に還元させていただけるような、とてもいい機会をいただいています。だから、それを無駄にしないように、慎重に頑張ってやらせていただきたいので、いろいろな方のご協力をいただけたらありがたいと思っております。
(神谷)最後ですが、わたしたちの生分解性プラスチックを、Neoryza(ネオリザ)と名付けました。ラテン語のNeo(新しい)とOryza(お米)の造語です。「地球や人類の明日をつくる新しいお米になって欲しい」、そんな想いを込めています。